『カノープスの蛙』

蛙は月を見ておりました。

 黄色い半分のぼんやりと白く浮かぶこの月を今年最後に、蛙はしばらくの間、また土に戻ります。 

蛙は月を見つめながら、まっくろい目玉を大きく揺すり、月を揺らして遊びました。

 黄色い半分のぼんやりとした月は、蛙の目の中でいつまでもゆらゆらと、少し歪んでゆられていました。 


 蛙はふと、去年ここで妹と一緒に月を見ていた事を思い出しました。


 (元気だろうか‥) 


 蛙はゆらゆら月をゆらすのを止め、もう一度ゆっくり月を見上げました。

 そして、父や母や妹のいる遥かカノープスを、静かに想いました。  


(今度目を開ける時、ぼくは何処にいるのだろう‥)


 半分の黄色い月は、蛙の小豆色したでこぼこの背中をてらてらとあめ色に光らせました。

 浅黄色の空は、さらさらと砂時計のように心地よく、鼠色の夜更けにゆっくりと溶けてゆきました。

やがて空に夜明けの星がギンギンと光りだし、新しい朝の空気は無数の細かい霧となって、蛙の体を冷たく濡らしました。  
蛙はゆっくり前を向き、そっと目を細めました。
そして両足を丁寧に揃え直して向きを変えると、 大きく一回ぴょんと跳ね、草叢の中に静かに消えてゆきました。
(ごきげんよう‥また逢う日まで)
 しんとした夜明けの露が、誰もいない草叢を、しっとり静かに湿らせました。
 空が、呼吸をし始めました。

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